永遠の仔/天童荒太 幻冬社

いまだに僕の胸は、震えています。
何度となく流れる涙を、堪えることができませんでした。
特異な主人公たちのためではなく、病んだ今の自分たちが必要としている言葉です。

世界はこの本を読んだ人と、読んでない人に2分されます。

障害者への招待/石川准・長瀬修編著 明石書店

10年ほど前に比べると、雲泥の差のように障害者や、老人問題に関心の光があたってきました。
多くの人の問題意識が、これらのあり方に注意を向け出すことは勿論良かったと思います。
しかしその疑問や疑念に対して、いかにも{正しい言葉}の返答が返ってくると私達は、
「ああそうか。そうだよね。そうじゃなければ、いけないね。」
と簡単に納得してしまい、それから先を考えることを止めてしまいがちになります。

バリア・フリー。ノーマライゼーション。等
これらの、常識であったり目指すべき理念に対して、本書は問題提議をおこなっています。
これらの論文集は、様々な障害に対して(身体障害、精神障害、老人問題等)一応分類して書かれていますが、ようはその障害分類を成り立たせている健常文化に疑問を発しているのです。
健常文化の中の、大多数という権力の匂いを一つ一つ剥ぎ取ってゆく、挑戦的な書です。

前日島/ウンベルト・エーコ 文藝春秋

エーコの記号論は、読んでもチンプンカンプンですが、彼の小説は「薔薇の名前」以来の大ファンです。
今世紀最後の彼の小説、読まないでおらりょうか。

ペルシャ絨毯のように微細な文様が幾重にも絡まり、それでいてこの絨毯からの距離の取り方、光の当たり具合で全く違う存在を浮かび上がらせる、知の大伽藍です。

難破船、戦争、異教徒、錬金術、ペスト、植物群、見えざる兄、知識人、愛、言葉発明機、水泳訓練、謎の医師、都会、鳩、僧侶、密偵報告書、死、父の剣術、雲、娼婦の微笑、そして前日島。

神様/川上弘美 中央公論社

芥川賞受賞作の「蛇を踏む」で、はじめて著者の本を読みました。
さして奇妙な作品構成ではないにも関らず、読み進めるうちに現実との平衡感覚が危うくなるような、不思議な作品であった印象を覚えています。

彼女のデビュー作「神様」を含むこの短篇集は、彼女の生の良質な部分が多く表れていている佳作です。
どれも小篇ですが、誰でもどれかの作品には必ず共鳴することが出来ることを、徳さんが保証します。
どの作品にも優しさが感じられ、(なかには計算された様な会話がみてとれ、もったいない部分がありますが、それも構成で見事に補っています。)それでいて生臭さも漂っているので、一枚皮をむいた現実の真皮に触れるヒリリとした感覚に、思わず鳥肌が立ってしまいます。

疲れた心には、優しい短篇の抱擁が必要です。

アナル・バロック(97年9月感想文より)/秋田昌美 青弓社

学生の時一つの問いが投げ掛けられて、その問いの前にただ口をあんぐりと開けたまま立ち尽くしてしまったことがありました。

「夕焼けが美しいとは、どういうことか?」

私達は無反省に自明のように感じたり、判断していることが以外と多いのではないでしょうか。
勿論常識とは、人類が営々と築いた知の集積であり、知恵であろうことはぼんやりと分かります。
しかし、しかしですよ・・・

性に関することや、排泄物に関することのタブーもその常識の一つです。
性行為が、やはり獣的な行為であったり、排泄物が衛生的に汚いものであることなど、常識として納得してはいます。
しかし…。

もう一度問おう。
「性とは何なのか?」「性の持つタブーはなぜ?」「排泄物への嫌悪感はどこからくるのか?」

本書は性の風俗書です。
この手の本は結構気になって読むのですが、いつもハーというため息にも似た読了感を味わってしまいます。
性文化の中には、いつも人間の持つ想像力の豊かさが満ち満ちていて、生物としての奥深さを感じずにはいられません。
それに比べて自分のことを考えてみると、なんとお粗末な性イメージなんだろうと、心の底から思ってしまいます。
このまま打ちのめされては堪らないと、虚勢を張って初めの問いを徳さんは呟きます。
「性とは…?」
しかし、よけいに虚しくなってしまうばかりです。

九龍城(97年9月感想文より)/可児弘明監修 岩波書店

「魔窟」の代名詞に称せられていた九龍城。
迷い込んでそのまま行方不明になった人、数知れず。
光届かぬ闇に、人知及ばぬ無法地帯。

おどろおどろしいイメージで、形容され続けてきた九龍城。
その九龍城の完全図解の本が出版されると聞いて、書店に寄る度に「九龍城」「クーロンジョウ」と聞いて回っていました。(「クーロン」は和製語で、正しくは「きゅうりゅう」または「カオル」「ガウロン」等らしいです)

九龍城とは実は、約2.6ヘクタールの面積に10〜15階建てのペンシルビルが300〜500棟ぐらい密集した集合体なんです!
そしてその中に、なんと5万人もの人々が生活していたといいます。
900軒以上の工場、食堂、店舗、学校などがあり、衛生管理法が及ばないため(!!)香港のすり身団子の90%が城内で生産されていました。(なんと!)
医者、歯科医は150名以上が城内で開業していて、無資格者も多かったらしいです。
当然ながら手術なども安く、需要が多かったらしい。(これまた何と言ったらいいか…。)

とにかく見開きの細密画、写真を見て下さい。凄いです。
理由もなく嬉しくなって、ニタニタと薄笑いを浮かべながら、舐めるように見てしまいました。

自然と増殖し続けた九龍城を見ていると、{有機体}としての共感が奥底から湧いてきます。