アートセレクション洛中洛外図/舟木本 小学館
日本怪奇幻想紀行六之巻怪奇建築見聞/同朋社

洛中洛外図なんて、高校の日本史の教科書か歴史資料館でぼんやりと見ていただけでした。
こんなに心引かれるものだったとは・・・・
細部に描かれている人々の生き生きとした様や、何気なく差し出している手や視線の先に見える市井の人々の情感に、しばらくは会う人逢う人に「洛中洛外図は最高に面白いぞ。観てみてほら!この商人なんか・・・この人何しているんだろ?あっ、この女の人なんて・・・こっちの柱の蔭では、お〜っ、なんと・・・」

槍や刀でけんかをして血を流している浪人を、大声出してはやし立てているのが僧侶(!!)の一群だったり、橋のたもとに多く見られる床屋さんが、地方から出てきた旅人達が身づくろいを整えて入町する場所で、様々な想いを胸に、彼岸に渡って行ったであろうことが刺激的に想像できます。
その橋の上では、後方の喧騒をよそに家族4人が仲良く並んで、いづこかを静かに眺めています。
橋の上で家族が、夕日に染まる屋根瓦群か、静かに波立つ川面を言葉も無く眺めているんですよ!
その一人一人の顔がまた、それぞれ個性ある顔に描かれていて、いかにも家族でリラックス、そうリラックスしている人間の顔しているのです。

洛中洛外図や大屏風の群集画は、皆さんの近くの美術館か資料館で1つや2つは必ずあるはずです。
今度行ったら、徳さんにだまされたと思って、細部を覗き込んでみて下さい。
必ずや摩訶不思議な人間模様に出会えるはずです。


そんな摩訶不思議な人間が住む器が、どこをとっても3LDKや、直線区画されたマンションだなんておかしいと思いません?
けったいな人間が生活するなら、やっぱり奇怪で胡散臭い住まいが自然というもんじゃありませんか!
「怪奇建築見聞」で紹介されている建築や生活空間の怪しさは、驚きというよりもどこかに懐かしさを感じてしまうのです。
2代にわたってこつこつとくり抜かれた「岩窟ホテル」(村人が、変人が突然始めた奇妙な行動をうわさして「岩窟掘ってる(ホテル!)そうな。くわばらクワバラ。」)二重らせんの遺伝子構造を持った18世紀仏塔とか・・・

今生の別れの時に私は、家族へ向けた感謝の言葉の前に一言呟いてしまいそうです。
「嗚呼。この目で雅叙園を観てみたかった・・・・」
その雅叙園とは・・・へへへ・・・

密告/ピエール・アスリーヌ作品社

第二次世界大戦時のフランスは、自国自身がその歴史を封印したくらい、深く傷ついた時間が流れました。
ナチス占領下でフランス人全てが、レジスタンス運動をしていたわけではありません。
それと同様に、皆が「対独協力者」(コラボ)だったわけでも、当然無いのです。

「密告」という行為は、愛国心の証であり決して卑劣な行為でもなく、国家が奨励していた事実なのです。

そんな中で行われた「密告」、密告されて強制収容所に連行された人、告げた「密告者」、生き残った人、その状況下で死んだ人、戦後になって愛国的密告が卑しむべき密告に反転した時の人間達、対独協力者を見せしめにする大衆、身をよじるように泣きつづける人、屈辱の中で生きる人、糾弾する怒り、鏡を身の回りから取り払ってしまった人、うめく人・・・

主人公が図書館で偶然見つけた一通の手紙。
それは、彼の親類を密告しているものでした。
その差出人は・・・向かいに住む花屋女主人だったのです。
なぜ。どうして?・・・
そして意外な事実が浮かび上がってきて、私は・・・

戦争は、過去が起こしたものでは無いのです。
戦争は、人間が行ったのです。

海外小説と日本文学の認識の違いがここにあるのかもしれません。

歴史の文法/義江彰夫他東京大学出版会

(97年7月感想文)

モノリス「突然ですが、歴史とは何だと思いますか?」

のり「なんですか、急に!それに、一体あなたは誰なんですか?しかも唐突に歴史が何かだって?・・・しかしそんな類の問いは私嫌いじゃないから、ちょっと考えてみようかな。そうですね〜一般的なイメージで言えば、過去→現在→未来へと繋がる事実の集積のように思えますが。」

モノリス「では、あなた方がその事実そのものや、事実の集積を知りえていると思っているのは、何を根拠にしているのですか?」

のり「そんなもの決まっているじゃありませんか、過去に存在していたと実証された物質や資料があるからですよ。」

モノリス「他には?」

のり「他って言われたって、ウームそれだけじゃだめなの?」

モノリス「それなら、偶然にも現在まで残っていることが出来た幸運な石ころや人工物、そしてその当時の知識人達による主観に満ちた文献が歴史なのですか?それが過去の事実(!)なんですか?それらは単にその極小な痕跡かそれを記述した現存の史料ではないのでしょうか?」

のり「そんな風に言われたって・・・他に知る術がなし・・・ちょっと待ってよ!そう考えたら、現在まで痕跡すら残っていない過去の事実はどうなるの?」

モノリス「はっきり言って、「無い」ことと同義です。」

のり「そんなにはっきりと迷いもなく言うなよ。なんとなく無力で、絶望的な気持ちになってしまうじゃないか。」

モノリス「分かりました。感情を込めて言いましょう。残念ながら、あなた方が抱いている歴史とは、過去の事実なんかではありません。」

のり「じゃあ、今度は俺の方が聞くけど、歴史って何?」

モノリス「歴史とは、過去の限られた史料を元に、私達が<現在の意味>に解釈しているだけなのです。そこには、常に読み替え可能な{現在の意志}がある限りなのです。」

大海原にかすかに見える岩頭は、その裾野に広がる巨大な暗礁で我らを座礁させることもあるでしょう。
しかしそうであっても、舳先の先が前方であるという無根拠と、後方に残る水脈が一瞬の輝きと共に無限の波間に消え去ることだけは、信じられるかもしれません。