将棋の子/大崎善生 講談社

この本は、掛け値なく「いい本」です。
日本語になっていない表現で、恥ずかしいいのですが、本気で人に薦めたい本です。

普段薦める本は、ある年齢層の人達や共通した問題を抱えている人達などその読者を想定して、この本のここの部分を感じて欲しいとか、これを知って少しでも力になってくれるといいなとか想像するのですが、この本に限っては、そんなイメージが何も浮びませんでした。
様々な人達が読めるし、読んで欲しいです。
またこの本から汲み取れる「解釈」は、一つや二つなどと限られたものでなく、ある棋士についての挫折とかたった一行の文章とか、母親についてだとか社会とか人生とか・・・・なんでもいいのです。
必ずあなたの心に届きます。
私に届いたものと同じではないかもしれませんが、あなたにも必ず届くものがあります。

私も本が好きで様々な本を読んできましたが、この本の行間に滲み出てくる情の深さや懐の広さは、ちょっと出逢ったことがありません。

天才の名をほしいままにしてきた全国の少年棋士たちが、夢と命を賭けて(これが決して誇張でもなんでもないことは、この本を読むとよく分かります。)勝敗の星をつぶし合い、厳密な年齢制限ルールの奨励会でしのぎを削っています。
著者は、20年前に将棋連盟に就職し、10年間に渡って「将棋世界」の編集長を務め、常に彼らとともに飯を食べ、酒を飲み、涙を流してきたのです。
前作の「聖の青春」を見ても分かりますが、そんな著者だからこそ、生まれた作品です。

彼を含めた「将棋の子」達が生んだ、無垢な雪のように美しく、限りなく哀しく、生きてゆく勇気を与えられる「神の一手」です。

銭湯の女神/星野博美 文藝春秋
転がる香港に苔は生えない/星野博美 情報センター出版局
謝々!チャイニーズ/星野博美 情報センター出版局
華南体感/星野博美 情報センター出版局
ホンコンフラワー/星野博美 平凡社

告白します。
私は、彼女に救われました。

前作「転がる香港に苔は生えない」が第32回大宅荘一ノンフィクション賞を受け、賞と名が付くととりあえず読んで見る私の習性から、彼女に出会いました。(この習性の結果は、不満が募ることがほとんどなのですが・・・・)

写真の良し悪しは分かりませんが、「裸の神経束」だった頃の藤原新也を髣髴させる「視線」を感じます。
藤原が、「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。」と写し出したショックなはずの写真が、私にはなぜか清冽な印象とほっと重荷を下ろしたような救済を与えてくれて、「間違っているかもしれないけれど、とりあえず足には力を入れてみよう。」と決心した事を思い出しました。
藤原が、世界に一瞬浮上してきた浄土根を掬い取ったとしたら、彼女の写真は、世界にいつも沈殿している極楽根のヒソミ笑いを奏でています。
藤原が危険なら、避ける事も出来ましょう。
しかし、彼女の調べに一度耳を奪われたら、もう逃れる術はありません。

目の前の街角を曲がって行く彼女の背中を垣間見たような幻覚と、呟きとも対話とも判別つかないうめきが耳を離れることはありません。
それは、小さな自分の部屋でも、湯水に身を浸している時も、電車の規則的なリズムに夢心地な一瞬でも、ファミリーレストランのマニュアル通りの笑顔に遭った時でも、同じです。

彼女の写真と文章に出会った時、書き継いできた読書感想文を止めようと思ったものです。
そして本を閉じた時、今度はもう少し書き続けてみても良いかもしれないと、止まりかけていたペダルを踏み込む事にしました。

(97年5月感想文)
「超水族館のウラ・おもて(海遊館ものがたり)」 日経大阪PR

私は元来動物園や水族館は好きなので、この手の本はあちこちで見つけてはよく読みます。

本書は、大阪にあるハイテクを駆使した水族館が舞台です。
このごろ様々な企画の動物園・水族館等が各地で相次いで生まれて、僕らを楽しませてくれるのですが、その楽しさの裏付けは驚くべき先端技術なんですね。
「水処理で言えば、3万5千の魚の街は26万都市に相当する。」などの箇所に出会うと、ホッホーと単純に喜んで、色んなことを次から次にと想像しては、一人口元に笑みを浮かべている私です。

動物や魚達も生き生きとしているし、悪戦苦闘している飼育係の人達の話も大変そうですが、その実その数倍は楽しそうなんです。
僕らがあっちこっちの施設に行くのは、この「自然の想像力」に触れたいがためなのかもしれません。
あぁ〜!また水族館に行きたくなってしまいました。
(2002年11月)