ちょうど1年程前になるが、日常用品のプラスティックから発生している物質がホルモン異常を引き起こしている、というBBC放送の特別番組を見た。そのころダイオキシンやら、有毒化学物質が新聞紙上を賑わせていたので、そのたぐいの新しい情報だろうと思ったが、ただ“ホルモン”に作用させるというのはちょっと気になった。もし本当なら、がん化する有害物質より数段恐ろしい結果を招くことは容易に想像出来て、僕の要注意信号が点滅し始めたのを憶えている。
環境問題やエネルギー・食糧問題等は、無視できる問題ではありません。
僕らがそれらの問題を考え進めていく上で留意しなければならない事は、その異常事態の一点を拡大解釈してゆくと、どうしても歴史後退理念になってしまう危険性があるということです。
将来に対して憂慮すべき事態・物質が発生した場合、それに対処すべき地点は、2つ考えなければならないと思います。1つ目は、その事態・物質を回避する、「技術」の問題です。その物質の有害性を取り除くにはどうしたらよいか?その事態を回避するにはどうしたらよいか?どのような技術を用いたらメリットとデメリットの比重が逆転するのか?等「技術」の問題は、技術のみの視点で考えなければならないと考えます。誤解を恐れずに言えば、化学や技術力の問題判定は、その閉じられた領域内の次元できちんと考えなければならない側面があると考えます。
もう1点は、その事態・物質によって負っている文化、実生活感、哲学などの地点として考えなければならない問題です。テレビが、子供に悪影響を及ぼすと考えたとき、テレビというメカニックの問題と、テレビ文化の問題は区別して考えなければなりません。例えば、ドラエモンがポケットから「チカチカよか気分」を取り出して、ポケモン事件同様の事件が起こったとします。“ドラエモン”の持っているポケットから乾いた現代人の夢をだしてくれる文化の問題と、実用化されている兵器とも繋がっている1秒間のパルス数と色彩の組合せの問題は、別問題です。フロンがオゾンを分解してしまう化学作用と、その用品の恩恵で幼児死亡率が低下したことや、女性が社会に進出して家の呪縛から解放されたことを。きちんと、分けて考えなければいけないと思います。一般のエコロジー運動や、現状否定左翼運動でしばしば見られる太古万歳の理想郷は、その点を混同した発想だと思います。有害物質、有害エネルギー施設、有害生活用品が確認されると、即それらが無かった時代に戻れ、便利さを捨て我慢しよう、現在はダメだ、昔は苦労があったけど、こんなに良かった思想になってしまいます。それでは、問題の根本に届きません。
勿論既に在ることは、現在の様々の問題と密接にからみあっていて、単独に取り出すことは出来ません。しかし、より根源的な複数の視点を想定して、その複雑化した現実改編を試みることは、諦めて自分の指だけを舐めているよりはましだと考えます。その上で全てのシステム変更を視野に置いた、有害回避を考えなければなりません。
この環境ホルモンの問題も、慎重にしかも根本的に考えようと、様々の資料にあたってみました。
この本がベストセラーになったり、インターネットを調べる度に欧米の取り組みページが加速度的に増えていること。データーが少しずつ明らかになるにつれ、なにかもう手遅れ状態の様相を帯びてくるのを考えると、絶望的な気分にもなってしまいます。
残念ながら、ことはかなり深刻です。
「徳さん・・・」でも、今後回を重ねて考えてゆきたいと思っていますが、まずは現在のデーターを中心に紹介したいと思います。
★有害化学物質とホルモン作用撹乱物質の違いは何なのか?
有毒化学物質が人に害を及ぼすのは主に2点です。
1 細胞を傷付けたり、細胞死を誘発する。
2 DNAに異変を起こさせ、がん細胞化させる。
それに対してホルモン作用撹乱物質は、体内の内分泌系全般に影響を及ぼします。
生物身体は、無数の細胞、器官、組織で成り立っています。そしてそれらは複雑に関連し、驚くべきシステムで制御、コントロールされているのです。それら細胞間のコミュニケーション・ネットワークを成り立たせているのが、ホルモンなどの情報伝達物質なのです。つまりホルモンがダメージを受けるということは、性分化だけではなくて、脳の機能、免疫機構、神経系、内分泌系、あらゆる生命組織ネットワークが、ダメージを受けるということなのです。
有害化学物質の悪影響を調べる実験では、しばしば動物種・器官・細胞によってデーターの結果が違い、人間における影響を推し量るには困難がともなう場合があります。しかし、ホルモンにおいては動物種の違いの垣根は限りなく低く、基本的には同じ方向を指し示します。これは細胞や器官などが、それぞれの種によって個別に進化多様化させてきたことと、内分泌系のシステムが、脊椎動物・無脊椎動物を問わず備わっている生命体基本システムである事の違いです。貝や魚・鳥類たちの異常は、人間種の異常結果を現出させているのです。しかもホルモン作用撹乱物質は、その個人は勿論、世代・生物種を越えて蓄積されてゆくのです。食物連鎖の頂点である人間種は、身から出た錆とは言えその影響をもっとも大きく受けます。
★影響を及ぼす物質の量
もう1つの両物質の大きな違いは、影響を与える量です。化学物質では、よく使われるppm(100万分の1)単位ですが、撹乱物質はppt(1兆分の1)単位なのです。
1pptはタンク車660台分、全長10kmに並べた水にジン1滴を垂らした量です。そのレベルなのです。
しかも僕らは、摂取しているという生易しい現状ではなく、正に生まれてこのかた毎日いや、24時間常にホルモンシャワーを浴び続けてているのです。恐ろしく微量で生命世界の根幹を左右させる物質をです。
★僕らの世界は?
1992年にデンマークの研究チームが、1940年から1990年の50年間に、精液1ミリリットリ当りの精子数が1億1,300万個だったものが、6,600万個に激減していると発表。データーは世界20ヵ国、1万500人の男性によるものであった。
その後世界中で、このデーターを批判すべく追加研究が行なわれました。
そして発表された科学者たちの答えは、いずれも世界を震撼させるものばかりだったのです。
スコットランド研究では、年々精子数は低くなり、奇形精子の割合は格段に高くなるというものであった。
ベルギーでの研究では、16年の間に正常精子数は39.6%から27.8%へ、まともに動ける精子は53.4%から32.8%に、しかも減少した対象者達は1980年の人で、現在はもっと減っていると見られてます。
フランス研究チームでは、同じ30歳時における平均精子数を比べました。1945年生まれの男性の30歳時では1億200万、1962年生まれの人(1992年次採取)では半分の5,100万個に、1975年生まれの男性が2005年には、50年前の男性精子量の4分の1の3,200万個に減少すると予想されるデーターが出ています。
つい最近日本で発表されたデーターでは、生殖年齢期の男性の34名に1名しか世界保健機関(WHO)の基準を満たしませんでした。つまり、正常精子量を持っている男性は、100人中3人もいないのである。WHO基準は「1ミリリットル当たり200万個以上で、半分以上の精子が正常な運動を示すこと」とされています。
また世界中から男性の精巣がん、前立腺がんと生殖器の奇形、女性においては、流産、子宮外妊娠、子宮内膜症、乳がんの激増が報告され続けています。
問題は生殖器官だけにとどまりません。脳や神経系にも損傷を与えているというデーターも続々と発表されています。
自己免疫疾患、重篤な精神遅滞、行動障害(多動症)、学習障害、記憶障害、認識障害、前頭葉の機能障害(注意、情緒、動機づけへの支障など)運動障害、神経障害、ストレスに対しての過剰反応(暴力)=すぐキレる。
★それらは何から発生しているのか?
物質検証が行なわれ始めたのは、ほんのここ数年です。今迄はそんな検査やホルモン影響分析すら行なわれていない物質がざらです。また企業秘密の名の元で、情報公開が拒否されてもいます。どんな成分でどのように自然界・生命体に影響を与えるか分からない物質が、毎日産み出されてされているのです。
ほ乳ビン、赤ちゃん用おもちゃ、カップラーメン、ペットボトル、化粧品、カンジュース、サランラップ、缶詰、水道水、魚肉、食物、食器、家具、文具衣服、虫歯の治療薬と詰め物、染料、レザー、船底塗料、印刷インキ、農薬、大量のプラスチック性物質、合成洗剤、多種のプラスチック日常用品、など
日常生活で通常にみられるものから気化や加熱によって発生しています。また、今後分析が進めばもっと多種にわたることは、簡単に想像できます。
現在合成化学物質は10万種以上だと言われており、毎年1千種もの新化学物質が、日常に登場しています。勿論、ホルモン作用検査などしていません。はっきりいって、今この瞬間にもあらゆる所で、ホルモン撹乱物質が振り撒かれ続けています。そして身体および意識、思考自体、そのシャワーの影響下に置かれているのです。
★なぜ今頃? これからは?
第二次世界大戦後、つまり50年前にこれら残留する有害化学物質・ホルモン撹乱物質が発見され、夢の物質として歴史に登場しました。その後次々と発明されるプラスチック類の物質は、40年前には完全に世界中を覆いつくしたのです。
人類は、戦後世代から《胎内ホルモン撹乱物質シャワー人類》となり、現在世間を賑わせている中学生達はその第2世代にあたります。彼・彼女らは、思春期としてのホルモン大混乱期に突入し、2重の意味で不安定なのです。
動物実験によると、第2・第3世代が有害物質にさらされなくても、第1世代の有害影響を完全に世襲する結果が出ています。
その上、第2・第3世代がシャワー下に置かれた場合、累乗的に障害が蓄積されるのです。
ナイフ事件の原因全てをこの環境ホルモンに帰するわけではありませんが、全く無関係ではないように思います。高校生世代以下のホルモンレセプター(受容体)数、PET(陽電子放射断層撮影)CT(コンピューター断層撮影)による脳(とくに前頭葉)の解析などが進めば、なんらかの相違が現れてくるように思います。
問題は彼らだけではなく、世界全体の問題でもあります。
それこそ意識外においてのホルモンシャワーは、文明・文化すら変質させている可能性があります。
アトピー症候群の激増、不妊症、家庭崩壊、児童虐待、育児放棄、無気力、同性愛・中性化の文化傾向、多重人格、大人・子供社会のいじめ、疲労増大、ストレス性社会、アルコール・テレビゲーム・パソコン等依存症の増大、万人のホルモン影響における画一思考化など。
環境ホルモンがこれらの単一原因と考えるのは性急ですが、これらの傾向は残念ながら動物実験で実証されています。そして何よりも、生物としての多様性が奪われているのです。これは、生物の持つ可能性の欠如に他なりません。
残留化学物質・ホルモン撹乱物質が排除される唯一の機会があります。
そのたった一つの機会は、母親が母乳によって外部に排出するのです。
排出先は「わが児」(未来)です。
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