人間はどこまで耐えられるのか/フランセス・アッシュクロフト 河出書房新社

この本は、我慢大会のギネスブックではありません。
第一級の生理学者が書いた、身体機能と人間の飽くなき冒険の400ページ近い記録です。

人間はどのくらい高く登れるのか?どのくらい深く潜れるのか?どのくらいの暑さと寒さに耐えられるのか?どのくらい速く走れて、宇宙では生きていけるのか?そして、生命体は様々な条件のどこまで耐えられるのか?について、素人の私でもわかる平易な文で、刺激的に綴ってくれています。

これらの「?」には、本書を読んでもらいたいのですが、私は長年疑問に思っていた事や日常の不思議が身体機能の説明や傍証に書かれていることに感嘆の声をあげ、思わずノートを取ってしまいました。
例えば、海やプールに入ったときに、急に尿意を催して、そのまま・・・・経験ありませんか?

水中に身を沈めると、手足の末端、特に下半身の血液が上半身に集中してきて、大動脈と心臓の右心房を膨張させ心拍出量を増加させようとします。
心房の壁が膨張してくると、その異常事態を察知した身体は、水分を吸収する作用に影響を及ぼす2つのホルモンバランスを変え、腎臓をフル回転し始め、尿をどんどん作るのです。
そして誰も気付かないことをいいことに、冷たい水に生暖かい水を合流させて、御丁寧に立ち泳ぎするフリをしながら手で撹乱します。
どうです?大きく頷いたあなた!
頷いたのは理由のところ?結果のところ?

脱線ついでにもう一つ。
私は立会い出産をしたのですが、その時家内が一時的に過呼吸症(過酸素症、過換気症)になって、しばらく彼女の口の周りに袋をあてがっていた事があります。(ペーパーバック法)
この時は、速い換気運動を繰り返して酸素が過剰になったので、これ以上酸素を摂らないようにしたのだろうと考えていたのですが、実はこのペーパーバック法は酸素を摂取しない方法と言うよりも、二酸化炭素を摂取する為だったのです。

人間が呼吸を調節するバロメーターは、酸素濃度ではなく二酸化炭素濃度なんです。
生命活動を行っていると、体内に二酸化炭素が生成されてゆきます。
脳は、この二酸化炭素濃度が上がってくると、それを察知して二酸化炭素を吐き出せ!(呼吸しろ)と指令を出すのです。
過呼吸症になった時は、しきりに換気運動しているために体内の二酸化炭素濃度は低下していて、脳は深く安定した呼吸をしろという信号は出さず、息を吸い込もうにも吸い込めない状態になってしまっているのです。
だから袋をあてがって吐き出した二酸化炭素を再度吸い込み、二酸化炭素量を増やすし、脳の現状に即した情報活動を促しているのです。

では、なぜ呼吸調節が二酸化炭素なのでしょうか?
これは多分、人間が酸素の豊富な地上で進化したため、呼吸量が変動しても肺の中の酸素量は十分なレベルを維持している事に起因しているのかも知れません。
それに比べて、二酸化炭素濃度は、1・2回の呼吸によって大きく変動します。
そこで安全策として、呼吸ペースの維持のためにより敏感な二酸化炭素濃度を基準にしたのでしょう。

ノートに取った小耳話は、まだまだあるのですが・・・・

海難事故の時に、海から引き上げられた救助者が、それまでは元気だったのに急に意識を失い、心停止してしまうのは何故か?
そのためにイギリス海軍が採っている救助方法は?
鳥達はどうしてあの高度さを難なくクリアしているのか?高山病はないの?
などなど・・・・・

最後の最後に、ヘリオックス(ヘリウムと酸素の混合ガス)を吸い込むとなぜあの「ドナルドダック・ボイス」になるのか?
この気管内に溜まったヘリオックスは、空気よりもずいぶんと軽く、声帯がいつものようにしゃべろうとするけど、余計に速く(!)振動してしまうのです。
だから、あのようにビヨョ〜ンとした震えた変な声になるんですね。

ああ、まだまだ知ったかぶりをした〜い!

対話の教室あなたは今、どこにいますか?/橋口譲二・星野博美 平凡社

私は写真の何たるかも、良し悪しも分からないのですが、一時期身を置いていた新聞社時代に基本的な写真の手ほどきを得て、毎日暗室に籠もって何枚も何枚もプリントを焼き付けた経験があります。
独特な臭いの中で幾種類もの薬品に浸してゆくと、揺らめきながら浮かび上がってくるその像は、時間の一瞬を切り取った現象と言うよりも、むしろ非常に主観に満ちた暴力的なもので、その反省のない出で立ちに私は魅入られていたのです。

本書は、ダカン高原にある小さな貧しい村とインドの豊かな都市、それに東京の13歳から20歳までの少年少女たちにカメラを渡して、写真を撮るワークキャンプの生々しい記録です。

ここで「生々しい」と書いたのは、写真を撮るドキュメントでもそれぞれの環境におかれている人間の苦悩でもありません。
それは写真を撮ると言う行為が、とりもなおさず言葉を剥ぎ取り、他者の視線に包まれた自分を発見し、裸の視線を見出すとともに見てしまった責任を引き受けるという「生々しい」選択であるということなのです。

その意味で、貧しい村の情報が少ないがゆえに複雑になりえない環境の中で生きる彼ら彼女らの人差し指にかける力が、私の胸を鋭くえぐります。
それが「生」や「彼ら」のストレートな視線と言うだけでなく、その中に見える「家族」や「牛」や「自然」への無償の視線が、二重に私を打ちのめすのです。

あなたは今、どこにいますか?
(2002年8月)