初期絵巻の傑作と称えられている『伴大納言絵巻』には、一つの大きな謎があります。
慌てふためく検非違使から始まり、応天門大火災に群がる231人の群集図は、絵巻を繰る手ももどかしく一気にその物語世界に読み手をひきづり込んでしまいます。
そして、その次の絵は一転して、霞に浮かぶ後ろ束帯姿の男がただ一人描かれているのです。
これが絵巻史上最大の謎の男です。
そもそも絵巻とは、「絵」と「詞書(ことばがき)」を交互に配列して表現したものなのですが、この絵巻(上中下巻)の上巻にはこの詞書の部分が一行も書かれていないのです。
中巻と下巻には、この詞書があるのでその絵と内容が比較できるのですが、謎の男登場部の上巻には肝心の詞書がないので類推しようにも類推できません。
驚くほど完成度の高い描写の中に隠された謎の数々を、著者は一つ一つ検証してゆきます。
次の場面で出てくる、この後姿の男によく似た男は、同一人物なのか?
なぜその男は、天皇の協議を縁側で一人聞いているのか?
後姿の男は、なぜ浅沓(あさぐつ)を履いていないで、足袋(たび)を履いているのか?
後姿の男が描かれている絵と、次の場面の間にもう1枚の絵か詞書があったという仮説と線描写の検証とは?
異時同図法と、その方法を使って描かれている内容とは?
炎上する図の中で、火を消す人が一人もいないのはなぜ?
描かれている女性たちは、なぜ「立て膝」をして座っているのか?その当時は「正座」文化でなかった?
歎き悲しんでいると思われていた女たちの何人かの口元が笑みになっているのは?
右足は草履を履き、左足が裸足の男の妙な立体図はなぜ?
「霞」「門」「樹木」の絵画コードの意味とは?
山ほどの謎・・・・
その謎の先に見えるこの男の正体とは・・・・・
わざわざ拡大鏡を買って、数日間絵巻と格闘した私の結論は・・・・
著者との推理合戦の勢いあまって、『謎解き洛中洛外図』『「絵巻」子どもの登場』にまで手を伸ばしてしまいました。
中近世史研究者や美術史家や鑑賞者が必死になって解読している意味を、その当時の人々は当然のように解釈し、政治的なメッセージを読み取っていたのですね。
目をみはるような「美」の衣をまとった絵巻世界で・・・・
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