「我邦十何万ノ精神病者ハ実ニ此病ヲ受ケタルノ不幸ノ外ニ、此邦ニ生マレタルノ不幸ヲ重ヌルモノト云フベシ。」
(呉秀三『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察』1918(大正7)年)
精神病患者は、「病の不幸」と「日本に生まれた不幸」を背負っているという・・・・
そう告発されて85年後の現在、残念ながら「此邦ニ生マレタルノ不幸」すら解消されてはいません。
正直言って、社会の中で「怖い」イメージを背負っている空間って、唯一「精神病院」なのかもしれません。
もはや墓場も刑務所も、それ自体で「怖い」を体現している空間ではなくなっています。
事件に巻き込まれそうな「公園」や、医療ミスが生まれている密室の「手術室」や目に見えない悪意が潜む「ネット」も確かに「怖い」イメージを担い始めていますが、いずれにしても集団暴行や人的ミスなどの条件付きで、怖い空間になっています。
しかし「精神病院」だけは、その存在と病の不可解性故に、口の端に上らない無条件な「怖い」存在となっているように思います。
固定的な偏見や差別は、「知らない」ということから生まれる要素が多いです。
しかし知ろうとしてもすでに「情報」は、あるフィルターによって選別されています。
その情報操作されている限界は確かにありますが、それが知らないでいい理由にはなりません。
専門的でなくてもいいし、無理をしたり義務感で知る必要はないでしょうが、少しずつでも「私」の持っている偏見や差別は剥ぎ取ってゆく情報収集はしてゆきたいと思っています。
日本のすべての病院の入院患者数140万人のうち、精神病で入院している人は約34万人です。
と言うことは、日本の入院患者の4人に1人が、精神病患者なのです。
街中や郊外に豪華ホテルのような病院が林立しています。
患者数から言えば、私達が目にする病院は、4つに1つは精神病院でなければなりません。
現実は、どうでしょう。
知っている精神病院なんて、街中に1つか2つではないでしょうか?
法律の問題もありますが、患者達はその狭い面積に「詰め込まれている」のが現実です。
そこで何が行われているのか?
どんな人たちがいるのか?
治療が行われている「病」は、どんなものなのか?
精神医療の何が問題なのか?どこに行こうとしているのか?
『救急精神病棟』は、単なる恐怖を助長する暴露的精神病院本ではなく、冷静な報告と医療関係者の熱意と努力が伝わる最良の精神病関連本です。
「べてるの家」の活動は、驚きと羨望を持って注目していました。
幻想や幻聴を語り合う「幻覚&妄想大会」や幻聴を「幻聴さん」と呼んで存在を認めた上での日常活動など、世界でも類をみない先鋭的な試みだと思います。
今では1万6千人の浦川町の人口に対して「べてるの家」事業に参加する総数は約150人余り、年商1億円、年間見学人1800人の一大地場産業です。
彼らの取り組みはすばらしいと素直に思うし、大いに触発されますし、既成概念を根底から剥ぎ取られて本当に勉強になりますが、普遍的な活動にはまだまだ壁が高いのが現実だろうと思っていました。
もう一極、もう一つの対極があれば、その共振によって社会での現実性は上がるのではないかとずっと待っていたのです。
そして、今ようやく「べてるの家」と「救急精神病棟」の両極が揃いました。
毎年3万人以上の自殺者を生み、心荒む現在にあって、誰しも心病む知人が一人か二人はいるはずです。
その彼のため彼女のため、そして「あなた」の為、この両本を読んでみて下さい。
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